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2024年度

2024年4月16日

京都市大文字山・如意ヶ岳地学観察会の報告
 2024年4月14日(日)に,京都市大文字山・如意ヶ岳地学観察会を実施いたしました.銀閣寺橋の西付近に9時00分に集合しました.当日は天気も良く,絶好のハイキング日和でした.また今年の桜は遅咲きであったため,満開は過ぎているもののまだ花が残っており,花びらの絨毯が哲学の道沿いの疎水に敷かれていました.
 この日は福井さん,秦さん,藤原,大井の4人が指導員として案内いたしました.またボランティアスタッフの上川泰知さん,川内天さんの2人にお手伝いいただきました.
 まずは銀閣寺門前の石畳について説明がありました.本日の参加者は40名おり通行人の邪魔になる恐れもあるため,ここでは細かな説明はなく,「本日出てくる岩石は,花崗岩・チャート・ホルンフェルスの3つであること」「銀閣寺門前の石畳は菫青石という鉱物の入ったホルンフェルスであること」「菫青石が雲母などに変質すると,桜の花びらのような模様になること」「銀閣寺門前の石畳をよく探すと,桜の花びらのような模様が入った菫青石ホルンフェルスが発見できること」が語られました.
 実際に観察と行きたいところでしたが,銀閣寺門前をふさぐことになる恐れがあるため断念して,次の目的地へと移動しました.
 続いては大文字登山道入り口手前でチャート層および鹿ケ谷断層がみられる露頭に到着.崩落防止のため金網がはってありましたが,チャート層はよく観察できました.また地質図にチャート層と鹿ケ谷断層が描かれていることを確認しました.
 登山道に入りしばらくすると砂防ダムに到着.通行の邪魔にならないようなスペースもあったため,ここで本日の観察会で見られる岩石・鉱物についての細かい説明がありました.ホルンフェルスはもともと海に堆積した砂岩や泥岩であり,それが花崗岩の熱によりホルンフェルスになったこと等の説明がありました.さらに花崗岩が風化されやすいために大文字山→比叡平→比叡山と続く地形ができていることや,花崗岩由来の土砂が白い砂として流れたために白川と呼ばれたこと等の説明もありました.また本日の観察会では,石英・長石・黒雲母など花崗岩にありふれている鉱物の他に,菫青石・褐簾石・鋭錐石という3つの鉱物が登場することも述べられました.ちなみにこの砂防ダムの川砂をパニングすると,褐簾石や鋭錐石が見つかるそうです.
 登山道をさらに進み,やや険しい谷を登った後に次の目的地である太閤岩に到着.「太閤」と名がつくくらいで豊臣秀吉の時代から使われていた石切り場の跡です.花崗岩は石英・斜長石・カリ長石の量比でさらに細かく分類されるのですが,ここでは2種類の花崗岩が登場します.
 一つは黒雲母花崗岩で,この地域一帯に広く分布する岩石です.もう一つは石英モンゾニ岩で,太閤岩近辺にしか出ません.
 ややこしい話なのですが,太閤"岩"は場所を指す言葉になります.一方でこの場所の石英モンゾニ岩は太閤"石"と呼ばれています.石英モンゾニ岩という言葉は聞きなれない用語のため,この日は2種類の花崗岩を「花崗岩」と「太閤石」という呼び方で分けていました.
 「花崗岩」には褐簾石が,「太閤石」には鋭錐石が含まれているのですが,鋭錐石はめったに見つけることができません.そのためここでは褐簾石に照準を絞って観察しました.褐簾石を探すためには,2つの試練を突破しなければいけません.
 1つ目は「花崗岩」と「太閤石」の区別です.両方とも花崗岩であるため,風化してしまうと見た目の色や質感で判断するのは困難になるのですが,「太閤石」は石英があまり含まれていないという特徴があるので,ここではそれで両者を区別すると良いです.
 2つ目は「褐簾石」と「黒雲母」の区別です.シャープペンシルの芯のような柱状の結晶ですが,劈開面が寝ている黒雲母も柱状と錯覚するような見え方になり区別が困難です.それでも時間がたつにつれて目が慣れてきたのか多くの人が立派な褐簾石を発見することができました.
 太閤岩で1時間ほど過ごしたのち,次の目的地へと向かいます.途中長い階段を越えて,大文字の送り火の火床周辺で小休止し,その後大文字山の山頂へと登りました.山頂では45分ほどのお昼休憩を取りました.山頂および山頂付近にはチャート層が出ているのですが,ここではその説明は割愛しました.
 山頂を越えて池ノ谷地蔵へと向かう山道の途中に菫青石ホルンフェルスを観察できる谷があります.菫青石ホルンフェルスの中には,ガラス質の新鮮な菫青石が残っているものもありました.また,程よく変質して桜の花びらのように見える菫青石仮晶もありました.この谷のすぐ下には花崗岩が分布しているため,ここは花崗岩とホルンフェルスの接触部付近という事になります.疲れもあるため,この場所で50分ほど過ごした後に出発しました.
 この先に,花崗岩の洞窟やスカルンの露頭などの見どころがあるため,本来であればそれらの地点を巡った後に比叡平からバスで帰るのですが,最近は本数が減ってしまいバスに乗るのが難しくなったため,歩いて銀閣寺まで戻りました.
 大文字山山頂,大文字送り火周辺までは来た道をそのまま戻りましたが,ここからは来た道とは別のルートを通りました.「大」の字の左のはらいの階段を下り,「千人塚」へ行きました.千人塚では昔は菫青石ホルンフェルスがよく取れたらしいのですが,今ではあまりとれないことが語られました.
 一行はそのまま銀閣寺門前へと戻り,そこで解散となりました.解散後,出発時は観察を割愛した銀閣寺門前の菫青石ホルンフェルスを観察する参加者の方もいました,4時ごろで人通りも少なかったこともあり,石畳の菫青石ホルンフェルスの花びらをゆっくりと観察することができました.
 今回は天候に恵まれたこともあり,気持ちの良い観察会となりました.

2024年4月3日

地学研修会『滋賀県日野町と多賀町へ採集・観察・見学会』の報告
 2024年3月31日(日)に,地学研修会『滋賀県日野町と多賀町へ採集・観察・見学会』を実施いたしました.京都駅八条口アバンティー前《団体バス乗り場》に7時50分に集合し,滋賀県へと出発しました.今回の目的地は,①滋賀県蒲生郡日野町石子山・②日野町鎌掛(かいがけ)の天然記念物『鎌掛の屏風岩』・③滋賀県犬上郡多賀町『多賀町立博物館』の三ヵ所です.また益富地学会館の運営委員である黒栁信之氏のご尽力により,①の日野町石子山で鉱物採集することができました.
 10:00にバスは日野町の鬼室神社前に到着,そこから15分ほど歩いて石子山の鉱物採集地点に到着しました.石子山花崗岩の中には微細晶洞に富んでいる物もあり,その中にはきれいな水晶などがあります.ハンマーで岩石を割って微細晶洞を探す人もいれば,転石をひっくり返して探す人もいましたが,ほとんどの参加者の方が微細晶洞の水晶を発見することができました.また参加者の中には,少し青みがかったカリ長石である天河石(アマゾナイト)を発見できた方もいました.
 お昼ご飯を食べつつ12:40まで鉱物採集を続けました.
 13:00頃にバスに戻り次の目的地である日野町鎌掛(かいがけ)の天然記念物『鎌掛の屏風岩』に向かいました.石子山から鎌掛への最短ルートはバスでは通れないような細い道路があるため,少し迂回して進み13:30頃に鎌掛(かいがけ)に到着しました.バスから降りて5分ほど歩くと鎌掛の屏風岩がありました.泥岩と層状チャートの互層による層理面とそれに直交する節理面が,まるで四つに折れる屏風が山の中腹に直立して見えることから,屏風岩と呼ばれています.現在は露頭が草木に覆われているため感動は薄れてしまっていますが,往時の景観を想像することができました.
 14:00頃に次の目的地へと出発,15:00頃に多賀町立博物館(あけぼのパーク多賀)に到着しました. 多賀町立博物館はアケボノゾウの化石をはじめ,滋賀県の自然関係の展示が充実しています.またこの日は,ワニ化石に関する企画展が行われていました.学芸員の阿部勇治先生にアケボノゾウをはじめ化石に関する解説や裏話を色々と聞かせていただき,その後、1時間ほど博物館内を見学させていただきました.
 16:40頃にバスは京都駅に向けて出発,草津周辺で30分ほど渋滞に巻き込まれましたが18:30分ごろに無事に京都駅に到着.当たりはずれはあったものの,全員石子山の鉱物を採集することができ,充実した採集会となりました.
公益財団法人 益富地学会館
〒602-8012
京都市上京区出水通烏丸西入
中出水町394
電話:075-441-3280
FAX:075-441-6897

【開館時間】10:00~16:00
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